2017年1月23日月曜日

あれから 4 年 ~ Enzo の命日

旦那のお気に入りの猫の Enzo が亡くなってから、あっという間に 4 年の月日が経ちました。Enzo の事があまりにも大好きだった旦那は、Enzo が亡くなった後、かなりのペットロスに陥り、夜中にベッドの脇に座って嗚咽のような泣き声をあげながら、毎晩のように泣いていました。Enzo が亡くなって、最初の一年は旦那が泣き崩れるからという理由で、Enzo の写真やビデオを家族で見る事もできずにいました。Enzo が生きていた頃によく着ていた T シャツをずっとパジャマ代わりにしている旦那なのですが、その T シャツも今ではあちこち破れて、とても T シャツとは思えない状態で(=ボロボロな状態)Enzo との思い出が詰まっているとは言え、そろそろそのボロボロの T シャツと旦那はサヨナラすべきだと思うのですが、いまだにどこかで Enzo と繋がっていたいと思っている模様... そういう風に思うのは、旦那の心の中に悔いが残っているからだと自分は思っています。だからペットでも人間でも、いつかお別れする日が来ても悔いが残らないようにきちんと世話をしたり、一生心に残るような思い出を作ったりすべきなのだと思っています。生き物はいつか死ぬ運命にあるので、やれるだけの事をやってあげたら、悲しくてもそんなに悔いは残らないから、と、これから猫を飼うのを楽しみにしているジャックにはいつも話して聞かせています。

旦那の後悔は、仕事が忙しくて、亡くなる前にあまり一緒にいてあげられなかった事、せっかく時間があっても、Enzo よりも自分のやりたい事を優先してあんまり一緒に過ごしてあげなかった事、手術の直後に病院にお見舞いに行ったら? という自分のアドバイスに従わず、結局数時間後に容体が急変した事を獣医さんから聞かされ悔やんだ事、等々... 旦那の中にある Enzo への悔やんでも悔やみきれない想いは根が深く 4 年経った今でもまだ消えていないんだなぁと、旦那のボロボロの T シャツを見ながら思うのでした。それでも最近では Enzo の生前の bad-ass kitty ぶりを思い出して家族で笑ったりできるぐらいペットロス状態からは復活していますが、Enzo の死を乗り越えるまでにはまだまだ時間がかかりそうな旦那です。

できれば今日はキャットフードの大袋を担いで、Seattle Humane Society に寄付しに行きたい所だったのですが、Seattle Humane Society の建て替え工事に伴う変更や、旦那の仕事のスケジュールや、ジャックの Cub Scout のイベントもある日で、Enzo を偲ぶ寄付は週末に持ち越しの予定です。(上の写真は、旦那が出勤した後、旦那のベッドに潜り込んで寝ていた 在りし日の Enzo の様子です^^)