2017年12月4日月曜日

Leavenworth Day 2 ~ 帰宅後、ER へ...

前日から Leavenworth に一泊してクリスマスライトアップフェスティバルを楽しんだ翌日の月曜日。朝から青空が広がる実に観光日和な日だったのですが、早朝 3 時頃から実はお腹の調子がなんだか怪しく、30 分おきにトイレに駆け込むような状態で迎えた朝でした。朝になる頃にはもう何もかも出尽くした状態だったのですが、それでもトイレに何度も行きたくなるので会社の医療保険の電話健康相談(ナースコール) に聞いてみることに...
声の感じからしておばあちゃん風な看護婦さんに電話がつながり、定型の質問に延々と答え続けた後、最終的には市販の下痢止めを飲んでも問題ないでしょう、とのことでした。朝食の前に、近くのお店まで Imodium を買いに行って飲んだら、とりあえずトイレに行きたくなる症状はすぐに収まりまずは一安心... 
ホテルをチェックアウト後は、上の写真のイタリアンレストラン(Visconti's Italian Restaurant)でランチでした。このレストランは、食わず嫌い大王のジャックもお気に入りの一軒で、ジャック好みのシンプルなパスタが出て来るので、最近では Leavenworth に来る度に食事に来るお店です(^^) 
午前中に飲んだ薬のおかげで、ランチの際にトイレに立つこともなく、いつものようにテーブルクロス用の紙に、それぞれ絵を描いたりして、まったりと過ごした月曜日のランチタイム... でもこの後に内出血が止まらなくなるとは、夢にも思っていませんでした。
ランチを終えて一階にあるカフェでデザートのジェラートでも食べてからショッピングに戻る予定だったのですが、ランチの後トイレに行ったら、それまでは出血なのか前日に飲んだホットワインなのか、ビミョーな所だと思っていた自分も、これはもしかして腸内出血? なのかも? と思える、ワインレッド系ではなく、もっと鮮血に近いものが出始め、かなり心配に...
毎度の事ながら、特に熱もなく、ワインか血液か? ビミョーな色の液体が出て来る以外症状もなく、結局午後 3 時過ぎ頃までぶらぶら買い物などして回っていました。ちなみに、赤ワインを血便と間違えて病院に行く人が世の中にはたくさんいるらしく、家に帰るまでは自分も半分ぐらい赤ワイン説を信じていました。
傍から見ると病人にはとても見えないのですが、この写真や、クリスマスカード兼年賀状用の写真を撮った時には、かなり出血していて、この後 2 時間半かけて家に帰って近所の総合病院の ER (救急病棟) に駆け込んだ時にも、「(一見元気そうだけど)一体(ERに来るほど)どこが具合悪いの?」という(ある意味フレンドリーな)対応を受けました。
熱もなく、他に特に具合の悪い所もないのに (強いて言えば早朝の下痢ぐらい)こんなに出血する病気ってなんだろ~? と考えるほど「癌」 の一文字が頭に浮かび、自覚症状がないだけで、実はステージ 5 の末期癌で、もう余命幾ばくもないのかも? 等々、一人妄想状態に... 家に帰ってもう一度トイレに行ったら、血液だけがダーっと出る状態で、旦那とジャックにも無理やり見せたら、二人とも「それは間違いなく血だ~(ワインじゃないよ)病院行かなきゃ!」と...
実際には、帰宅した後 ER に駆け込むまでの1時間半ほどが、自分的にはかなり「人は死ぬかもしれないと思うとこういう行動に出るのか~、なるほど...」と妙に感心した時間でした。もしかしたら、今日このまま ER に行ったきり、二度と生きて帰って来れないかもしれない? という「この世の終わり」モードと、限られた時間の中でやっておきたい、またはやらねば、と思い実際に行った事は以下の 5 つでした(^^;;
1.旦那に自分の財産を管理する権利を認める書類の作成 (Power of attorney=委任状)& 銀行、証券会社のアカウントのパスワード情報を結婚以来初めて旦那に渡す ← 結婚前にお互いの財産には手を出さない事を誓った Prenup(婚前契約)にサインしてあるので、それを自分が死ぬ前にオーバーライドしておかねば...と。これは旦那がホクホクしながらオンラインで法律系の書類を購入して作成。
2.お粥を作って食べる ← ランチには魚介類入りのパスタを食べたのですが、その後塩分補給に? と車の中でポップコーンを食べたのが最後に口にしたもので、もしポップコーンが自分の人生最後の食べ物だったら非常に嫌だな~と(そこなの^^?って感じですが、そこなんですよ、ホントに!)真剣に思い、冷蔵庫にあった残りもののご飯で即席でお粥を作って食べたのですが、これが実に美味しかったのです...(´ー`) 水分たっぷりのお粥は、胃に優しくスルスルと胃に収まり (こんなに食欲もあるのに、死ぬんだ、自分...実に残念無念!)それと同時に、こんな生きるか、死ぬか、みたいな時に、自分でキッチンに立ってお粥作らないといけないんだ...という情けない思いと、「お粥ってどーやって作るの?」と聞いてきた旦那を見ながら、アメリカ人と結婚したことを心の底から後悔した瞬間でした。旦那が病気の時には、チキンヌードルスープ(アメリカ人の療養食の代表)をやけどをしないよう適温に冷まして持って行ってあげているというのに‼ これまで、どうもありがとう、みたいな思いは微塵もなく、自分がピンチの時には何の役にも立たない! なんて役立たずなの! という気持ちでいっぱいでした ← 国際結婚の落とし穴だよな~と思いました。

3.会社の上司と同僚に、ER に行く事、症状の簡単な説明と、場合によっては長期療養になるかもしれないこと、旦那の連絡先などをメールで通知。すぐに上司から返事が来て、仕事の事は心配しなくてよいから、必要なだけ休んでOKとのことで一安心。

4.週末に予定している旦那の 50 歳のバースデーパーティの開催、中止の決定と対処について旦那に指示。もし、自分が亡くなってしまい、でもバタバタしていてキャンセルするのが難しい場合 (招待客の管理は自分がすべてやっているので、旦那ではみんなに連絡がつかない可能性大) 追悼会兼バースデーパーティーでとりあえずやれ、と。食べ物は宅配・ケータリングサービスでナントカなるはずで、もし自分が入院していたら、同じくバースデーパーティーを (自分抜きで) やれ、と。せいぜい 3 時間ぐらいの会で、お酒と食べ物とケーキがあれば誰でもパーティーを開催できるはずだから、と。実にタイミングが悪いと思ったのですが、後から考えると、このパーティーの準備やらで忙しく、疲れやストレスが溜まっていたせいで ER に行くような事態になったんだろうな~と思いました。

5.日本の両親に電話で連絡。いたずらに心配させるだけだと悪いな、という思いもあったのですが、もし、本当に二度と生きて病院から戻らなかったり、緊急手術などになって話もできないような状況になったら嫌だな... それよりは、まだ元気なうちに親と最後の会話を交わしておきたいな、と思い、ER に行く前に実家の親と話をしてから出かけました。年老いた親に余計な心配をかけて申し訳ないと思いましたが、滅多に会う事もないので、病院に行く前に電話しておいてよかったし、親も電話で知らせてくれてよかったと言ってくれたので(これで思い残す事は一つ減った)と思いました。

家を出る時涙目だったジャックに対しては、不思議なほどに ”やり残した感” はなくて、これまでのマミーの教えをしっかり守って生きていけば大丈夫... きっとジャックはラッキーな人生を送るに違いない、という漠然とした安心感すら感じていました。それでも、きっと自分が二度と戻って来なかったら寂しがるだろうな~と思ったのですが、日頃から Facebook や Youtube や、このブログに、家族の思い出の写真やら動画がいっぱいあるから、寂しくなったらそれを見れば大丈夫(^^)だろう、と真剣に思いました。過去十年分の写真がネット上にあるのは、ネット時代の利点だとつくづく思いました(^^) 寂しくなったら、元気だった頃のマミーの姿を見て頑張ってね! ジャック! と思いました。

そんなわけで、入院用の着替えやら、暇になった時用のラップトップやら、本やら、委任状を持って ER へ。病院まで車で 3 ~ 4 分なのですが、病院までの車の中で、延々「自分がこの若さで死んだら、旦那のせいだからね。せめてジャックの面倒をきちんと見なさいよ!」と言い続けていました。← 死ぬ間際まで旦那に怒ってそうな自分(^^;;

ところで、遺言にもなる委任状の書類ですが、ER に行った時間が既に夜で、公証人に認証してもらうのが無理な状態だったので、ER の受付けにいた人達2人に事情を説明して証人になってもらいました。ワシントン州では、公証人の代りに、証人が 2 人いれば法的に効力のある書類として認められるとのこと(旦那談)。証人になってくれるようにお願いした際に、一見元気そうな病人=自分を見ながらきょとんとしている受付けの人達に、自分達には10歳の息子を除き、アメリカ国内には誰一人家族がいないこと、50歳そこそこで娘が急死し、Prenup にサインしているにもかかわらず、旦那が自分の資産を管理することに、万が一日本にいる家族が疑念やら(もしや旦那が勝手に書類を偽装したのでは?) などと、後でもめたりしないよう、一応親にも、万が一の時には旦那に全権を (不本意ながらも) 委ねることにした、と伝えておきました。

で、肝心の診察結果ですが... 血なのか、赤ワインなのか、痔なのか(^^;; まずはそこをはっきりさせましょう! ということで、なんと、生まれて初めて肛門に指を突っ込まれるという体験をしました(T_T) この日の ER の当直の先生曰く、「痔ではないね」← (痔なんてないッスよ! と診察前から確信していた自分)、「ワインじゃなくて血だね」とのこと。結局触診の後、血液検査やら、レントゲンやら、EKG やら点滴やら、色々検査を受けたのですが、検査の結果はすべて正常で、どこからか出血しているのだろうけれど、熱もまったくなく、炎症の兆しもなく、もし本当に重大な病気だとしたら、最初に症状が出てから既に12時間以上経っているのに、こんなに元気でいられるわけがない... ということで、ER の担当医の診断は急性胃腸炎で、翌日に胃腸科の専門医に診てもらうように紹介してもらい、あっけなく帰宅となりました。旦那も自分が末期癌とはほど遠い健康状態だという事を知って一安心。実に長い一日でした。